全長10~13メートル/体重5~7トン/白亜紀後期~末期
トラコドンの発見は早く、北米で発掘された最初期の恐竜であり、1854年と言えばペリー提督の黒船が下田に来航して徳川幕府がびっくり仰天した年である。命名は解剖学博士リーディ。名前の由来は「でこぼこした歯」。だがしかし発掘されたのはまさに名前の由来となった歯と下顎の一部だけであり、恐竜存在? としては弱かったらしい。その後1882年(明治15年、軍人勅諭発布の年)に発掘されたより完全な骨格化石が古生物学者コープ博士によって研究され、後の1942年(真珠湾攻撃の翌年にして太平洋戦争真っ最中!)にリチャード・スワン・ラル博士とネルダ・E・ライト博士がこれにアナトサウルスと命名記載。命名由来は「鴨」サウルス(トカゲ)の意。トラコドンとアナトサウルスは同種なのか別種なのか判然としないまま時は流れたが、いつの間にか、アナトサウルスに統合されてトラコドンの名前は無効になる。なんでやねん。普通シノニム(同種異名)は先に名付けられた方に優先権がある。だとすればトラコドンを残すべきだろうに。やはり顎だけだからだろうか。トラコドンの方がよっぽど馴染み深いという俺のような人は多かろう。少なくとも70年代の恐竜図鑑には必ずトラコドンの名で載っていたぞ。あるいはトラコドン(アナトサウルス)と書いてあることもあったが。それにしてもトラコドンが消えるのは悲しい。ボーンフリー号の五人と一匹も悲しんでいるはずだ。しかし話はそこでは終わらない。アナトサウルス自体が怪しいぞとその存在が疑われはじめるのだ。
時代はさかのぼって1912年(大正元年、日露戦争の七年後)、カナダのアルバータ州のエドモント地層から発掘された骨格化石に、1917年(第一次世界大戦勃発!)、ローレンス・モリス・ラム博士がエドモントサウルスと命名記載。名前は地層名にちなみ「エドモントの」サウルス(トカゲ)の意。トラコドンより63年遅く、アナトサウルスより25年早い。
そしてベトナム戦争真っ盛りの1970年代、マイケル・キース・ブレット=サーマン博士が登場する。サーマン博士はアナトサウルスとエドモントサウルスは属レベルの差はないとしてアナトサウルスはエドモントサウルスに統合すべきだと提唱したのだ。あらま。トラコドンを統合したアナトサウルスはまとめてエドモントサウルスに統合されてしまうのか。諸行無常。しかしお騒がせサーマン博士、二十年の研究期間を経て、いや、やっぱりアナトサウルスとエドモントサウルスは別属別種かも、と言い出す。まさか二十年もそればっかり考えていたのだろうか。だって、やっぱり顔とか違うじゃん、というのだが、そんなことは学者先生に二十年越しで言われなくても最初からわかっている。頭骨に厚みがあるエドモントサウルスと全然違うのは一目瞭然じゃないか。何せアナト(鴨)であり、トラコドン=アナトサウルスの顔(頭骨)は極端に平べったい。別名(和名)もカモノハシ竜であり、カモのクチバシを持つ恐竜なのだ。図鑑のイラストもズデネック・ブリアン画伯の「原色前世紀の生物」以来の伝統で(というか模写で)トラコドンは常に極端に扁平に描かれ、それが一番の特徴となっておるのだ。しかしサーマン博士、一度はアナトサウルスという名前は破棄すべし! と言ってしまった手前、あげた拳がおろせなかったのか、アナトティタンという新名を記載する。これが1990年。湾岸戦争・多国籍軍イラク空爆の年であり「ジュラシック・パーク」公開の三年前ですな。最近やがな。名前の由来は「巨大な鴨」あるいは「鴨の巨人」の意。サーマン博士はよほど発言力があったのか、なぜか学会はこの記載論文を受け入れ、はいじゃあこの人は今日からアナトティタンってことで、と決着する。かに見えたが実は全然決着しなかった。
とうとう時代は2000年代に入った2004年、同じカモノハシ竜(ハドロサウルス類)の集団子育てを研究しマイアサウラと命名し発表して世界を仰天させ、「ジュラシック・パーク」全作品のテクニカルアドバイザーを務め、物語の主人公アラン・グラント博士のモデルでもある、今や世界一有名な古生物学者のジョン・ホーナー博士が、デヴィッド・ワイシャンペル博士、キャサリン・フォスター博士とともに共同研究し、実はアナトティタン=トラコドンの、あの特徴的なカモのクチバシみたいに扁平な顔(頭骨)は、岩盤の重みで化石が平べったく潰れただけであり、アナトティタンとされる化石は実はエドモントサウルスそのものだと発表したのであった。嘘だろ、おい! まさに驚天動地。というか馬鹿馬鹿しくて言葉もない。
かくして、あの愛らしいアヒル顔はどこにも存在せず、我々が愛したトラコドンは、アナトサウルス、アナトティタンとともに、永遠の闇の中へと消え失せたのであった。涙なくして語れないじゃないか。
いや、それでも悲しむことはないのかもしれない。もともと恐竜は全部死んでいるし消えているし闇の彼方のものと相場が決まっている。化石ハンターが掘り返し学者先生が名前を付けて科学っぽくアカデミックな光の下に無理やり引きずり出して見せただけなのだから。闇に還ったトラコドンは変わらずに安らかに眠っているのだろう。昨日も今日も明日もそれは変わらないに違いない。
では改めて、最終勝者? となったエドモントサウルスについておさらいするが、1912年、カナダのアルバータ州のエドモント地層から発掘され、1917年ローレンス・モリス・ラム博士により命名記載。名前は地層名にちなみ「エドモントの」サウルス(トカゲ)の意。発掘数が多く研究が進んでいる。それもそのはず、いろいろ見つかってきたハドロサウルス類も近年は全部エドモントサウルスということになっているみたいだしな。先述の通り、トラコドン(アナトサウルスorティタン)よりずっと縦に分厚い頭骨だし、復元画も全然カモに似ていない顔つき(どちらかと言えばただの馬面)になっているが、別名だけはいまだにカモノハシ竜と呼ばれていたりする。ウマヅラ竜とは誰も呼ばないようだ。
近縁種に共通する特徴的な長い口には筋肉質の頬袋と奥に最大60列におよぶ密接した多数の歯からなるデンタルバッテリー構造を持ち、700本もの歯をおろし金のようにすり合わせて、硬い針葉樹の葉や種子や小枝を食べていたらしい。すり減った歯はどんどん抜けてどんどん生え変わり、一生のうちに一万本以上の歯が生えたというから驚かされる。
発見されたミイラ化石からは鱗を持つ皮膚や足指の接地面が肉厚のパッド状になっているのが確認された(これがトラコドン時代には水かきと誤認され、水棲種とされていた)。また2013年、オーストラリアの研究チームが本種の頭頂部には肉質のトサカがあったと発表し、ニワトリや七面鳥に見られる骨のない肉質のトサカのある恐竜は他にもたくさんいたのではないかとしている。
関係ないことだが、90年代の初頭、関西にエドモンズ大学日本校というものがあり「大学行くには頭が足りない留学するには金がないだから僕らはエドモンズ」というCMがさんざん流れていた。詐欺的学校だったらしくすぐにぶっ潰れたが、俺はエドモントサウルスの名前を聞くたびにあのCMを思い出す。だからと言ってエドモントサウルスが詐欺的恐竜というわけではないので念のため。
さて、この流れでもう一種、二種、トラコドンの仲間たるカモノハシ竜(あるいはウマヅラ竜)について語ろう。
最新恐竜学説は、経済摩擦や覇権争いや人権問題と同様に中国での発見や研究を抜きには語れない。国土の広さ多様さから地質的に化石に適した発掘スポットが多くあり、特に羽毛恐竜の分野で良質の化石が数多く発掘され、中国発の新発見や新学説が続々と報告されている。そんな中国において大人気を誇るのが誰あろう、中華カモノハシ竜・マンチュロサウルスである。名前は「満州の」サウルス(トカゲ)の意。
日露戦争勃発の二年前、清王朝終末期の1902年に中国東北部で発見されロシア帝国が調査にあたり、日露戦争(1904~03年)、第一次世界大戦(1914~18年)、ロシア革命とソビエト連邦の成立(1917年)を経て1930年にロシア人考古学者アナトリー・リアビニン博士によって命名記載されたが、満州国の建国がこの二年後(1932年)であることを考えると、あとほんの少し発見のタイミングがズレていたら、日本の学者が研究と命名記載をしていたかもしれない。実際日露戦争でロシアから権益譲渡を受けた樺太(サハリン)で発掘された日本の恐竜研究第一号のニッポノサウルス(幼少の頃、俺がはじめて生で見た恐竜化石)の命名記載は1934年(北海道大学の長尾巧博士による)であるから僅差であり、わずかなボタンの掛け違いであろう。今や絶対に返してくれそうにない北方領土であるが、個人的には千島四島よりも樺太が日本領土に戻ればニッポノサウルスの研究の続きができるかもしれないのになどと不謹慎な夢想にふけったりもする。
さておきこのマンチュロサウルス、中国では現在でも最初に国内で発見された恐竜として「神州第一龍」の異名で親しまれ(2011年に中国の子供向け科学雑誌で行われた恐竜人気投票でもベストテン入りし)ているが、人気の背景にはナショナリズムというか愛国心があるのだろう。一方でリアビニン博士の論文にはかなり杜撰なところがあったらしく、国際的にはマンチュロサウルスの学名記載を取り消すべきという議論も続いているらしい。もしマンチュロさんが抹消されたら、中国の恐竜ファンにとってはトラコドン抹消どころではない大変なショックになるのではないかと、他国事情ながら心配してしまう。
いや、これは大きな声で言うと冗談抜きのマジで国際問題になりかねないが、近年(2019年)に新種として命名記載されたばかりの我が国日本は北海道の道産子恐竜、むかわ竜の通称でも知られる、カムイサウルス・ジャポニクス(そこまでナショナリズム全開のネーミングにしなくてもよさそうなものだが)だって、白亜紀後期のハドロサウルス類でエドモントサウルスの極近種だというし、化石も復元図も見た目はそっくりだし、このマンチュロサウルスもニッポノサウルスもカムイサウルスもひっくるめて全部シノニム同種で統合されて、何かの間違いで全部ニッポノサウルスということになったりしたら、日中露恐竜ファンによる日露戦争・日中戦争(満州事変)の再戦勃発になることは必至であろう。面白そう、などと言うと不謹慎過ぎるから言わない。もう書いたけど。
◇ネンドソー的恐竜考
①感覚が追いつかない!
②恐竜は爬虫類ではない!
③そしてジュラシックパーク!
④差別的ゴジラ型(カンガルー型)復元!
⑤アカデミック方面が心配だ!
◇恐竜名鑑
①ティラノサウルス
②ヴェロキラプトル・デイノニクス
③アロサウルス
④ブロントサウルス(アパトサウルス)
⑤トリケラトプスとケラトサウルス
⑥ステゴサウルスとカンプトサウルス
⑦アンキロサウルス
⑧プレシオサウルスとランフォリンクス
⑨イグアノドン
⑩トラコドン(アナトティタンあるいはエドモントサウルス)
⑪プロトケラトプス
◇完成作品一覧
●名場面(ジオラマベース付)シリーズ
●ディフォルメシリーズ
●ジオラマベース
●ジオラマパネル
●2メートルのティラノサウルスを作ったぞ!


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