ではまず「岩石怪獣」の系統についておさらいしつつ、パチモン怪獣としてのベロクロンを作る際に、どうアプローチすべきかを考察しよう。
 インドア派の俺に山登りの趣味などないが、それでも子供をキャンプに連れて行ったりはするので、渓流域にどかんどかんと点在する巨岩を目にする機会はあるし、その度にある種の畏敬の念を感じることになる。でかい岩は怖い。そしてカッコいい。注連縄(しめなわ)を掛ければ信仰の対象にもなろう。つまり、巨岩はそのまま怪獣の具現化なのだ。でかい岩を見たときに人が思うのは「コイツが動き出したら大怪獣だな」ということである。
 この感覚は国歌にも歌われている。「細石(さざれいし)の巌(いわお)となりて苔のむすまで」。西洋発の自然科学を学んだ我々は、細かい砂利が八千年で巨岩に成長すると言われても、そんな馬鹿なと思ってしまう。逆に巨岩が崩れて破片が細かい砂利になるんだろうよ、と。だが「古今和歌集」の詠み人知らずの和歌を原詩とするこの歌を近代になってから国歌に指定するあたりに明治政府の気概を感じるではないか。西洋思想なんか知るか。砂利は巨岩に成長するんだもんね! というわけだ。岩を疑似生命ととらえ、その成長を寿ぐ。まさに和魂洋才。技術は学んでも魂は売り渡さないという宣言だろう。
 さておき、自然科学的には砂利が巨岩に成長することはないが、素晴らしき空想科学の世界では、それはすでに常識でもある。
 おそらく初出は「ウルトラQ」(1966年)の放送第7話「SОS富士山」の岩石怪獣ゴルゴスだろう。宇宙から飛来した生命体が富士山の溶岩石を合体させて怪獣化するのだ。砂利が巨岩に成長するという君が代を地で行く設定。デザインは成田亨。まさに巨岩そのものであり手足が非常に短く胴体と頭の区別も判然としない一体型で、恐竜のシルエットとは程遠い。
 次の登場は「ウルトラセブン」(1967~68年)第16話「闇に光る目」の岩石宇宙人アンノン。おそらくは未知を意味する「アンノウンunknown」をモジったネーミングが素晴らしい。これは精神だけの知的生命体が岩石に憑依することで身体を得るという設定だから、別名は岩石宇宙人よりは「精神体宇宙人」が正しい気もする。成田亨デザインによる、岩石というよりは前衛芸術のアートみたいな石が、身体化専用岩石として登場し怪獣化するが、やはり手足がどこにあるか判然としないデザイン。それよりも特筆すべきは、劇中、山中を探索するウルトラ警備隊の前で、ただの岩肌にいきなり巨大な目が開く、という優れた特撮場面があることだろう。これこそ岩石怪獣の(あるいは岩石信仰の)本質をビジュアル化したものと言えるのではないか。
 次の登場は「帰ってきたウルトラマン」(1971~72年)第7話「怪獣レインボー作戦」のゴルバゴスだろう。デザインは池谷仙克。別名は「透明怪獣」だが、周囲の岩肌と見分けがつかずに見つけられない、というだけのことでネロンガのように透明化するわけではないので、やはり「岩石怪獣」と考えるべきだ。ゴルゴスとの名前の類似からも意図的な同系統がうかがえる。だが両者のデザインはずいぶん違う。短い手足でのそのそ這いまわる岩山然としたゴルゴスと比べて、ゴルバゴスは表皮こそごつごつした岩の集まりだが、二本足ですっくと立ち上がり、手足も長く、しっかり恐竜型のシルエットが与えられている。なぜかと言うと、ウルトラマンと格闘しなくてはならないからだ。つまり作劇上の必要性が優先されたわけですな。その後もこの岩石怪獣の系統は引き継がれ、「ウルトラマンダイナ」(1997~98年)に登場するスフィア合成獣のダランビアやグラレーンなどは明らかにこの系統だろう。
 さておき、話を70年代に戻すと、ゴルバゴスの後を継ぐべくデザインされたのが、このベロクロンなのだと思われる。デザインは「帰ってきたウルトラマン」後半から「ウルトラマンA」でデザインを担当した井口昭彦。しかし今回はただの岩山ではなく珊瑚礁だ。そりゃ色彩的にもド派手になりますわな。いやまあド派手な超獣も嫌いではない。それよりも、その進化系統的な原点を考えるに、岩石怪獣を恐竜型として造型することに、わしゃ抵抗を感じるんである。岩石怪獣としては岩山がそのまま動き出すのが正しいのではないだろうか、と。

ネンドソーベロクロン芯1
 では、ちょっと手を動かしてみようじゃないか。
 今回はアルミ線なしで皿状のものをふたつ作って、くっつける。

ネンドソーベロクロン芯2
 これで乾き待ち。その間に、