⑧昆虫怪獣の彩色。の続き。

 それと言うのもベロクロンは珊瑚礁と宇宙生物の合成怪獣である。無機物(無生命)の岩石に生命が宿って動き出すのはいい。だが、珊瑚というのは最初から生命を持っているわけでちょっと事情が違いそうだ。珊瑚についてちょっと調べてみると、いろいろと驚く。浅学にも何となく海草的な植物だろうと思っていたが、実は珊瑚は動物である。先カンブリア時代から生息する刺胞動物に分類され、クラゲやイソギンチャクなどと近種。毒針を持ちプランクトンを捕食して生きている。しかも体内に藻を共生させて、その光合成で得た栄養も利用している。何と。宇宙生物を合成させるまでもなく、最初から動物と植物の共生体なのか。そのまんまレオゴンかビオランテ姉さんじゃないか。

 ベロクロンの元になっている珊瑚は色や形状からしてアオサンゴかウミトサカだろうが、あの先端の穴は口と肛門の兼用でそこから触手を伸ばして捕食する。うわ怖。口と肛門を兼用というのも凄味がある。海底の岩石に取り付いた珊瑚が体内に形成する石灰質の芯、まあ骨格だよな、これが元の岩石の上にどんどん堆積して珊瑚礁が形成される。群生であり群体であるから、珊瑚はあの一本一本が別個体の生命である。たとえばキク科の花はあのみっしりと密集する花びらが実は花びらではなくひとつひとつが独立した花であり、一枚の花びらにおしべとめしべが揃っていてそれが全部それぞれに種を宿す。道端のたんぽぽの綿毛もそのようにしてできた種である。いろんな繁殖戦略があるものだと気が遠くなるが、珊瑚の場合、雌雄異体、つまりオスとメスの区別があって、海中に精子を放出させて有性生殖も行うが、どちらかと言えばそれは季節性の限定的生殖行動であり、普段は無性生殖の増殖分裂で自分のコピーを作って群体を作る。何と言うか、もう充分に怪獣的な珊瑚様だが、異次元人は、これとどんな宇宙生物を合成させたのだろうか。同じ超獣でもサボテンダーとか、サボテンと宇宙生物の合成なら、生命の1対1であるからわかりやすいが、群体となるとどうなる。1対多、多対1の合成は座りが悪かろう。宇宙生物の方も群体とか。つまり細胞のひとつひとつが全部別個体として生きている、というような。

 ここでハッと思い出すのは、ザ・シングであろう。そう。ジョン・カーペンター監督の「遊星からの物体X」(1982年)である。ロブ・ボッティンが担当した特殊造型が素晴らしくも凄まじい。ザ・シングこと物体Xは細胞全部が生きていて、その細胞配列で捕食した人間そっくりに化けることができるという設定。登場人物のうちの誰がすでに宇宙生物かという定番のサスペンスが繰り返されるわけだが、心臓発作で倒れた登場人物をみんなでベッドに運んで医者が電極パッドで蘇生させようとすると、この人が宇宙生物で、胸から腹にかけてがバックリと裂けて牙が生えた口になって医者の両腕を食いちぎる。高校生の頃に映画館で観て腰を抜かした。造型好き映像好きの高校生だった俺は早速粘土やらラテックスやらを買い込んで無謀にも特殊造型に挑戦し、8ミリフィルムで自主映画を撮ったものでしたが、それはさておき。のちに続編というか前日譚「遊星からの物体Xファーストコンタクト」(2011年)というのも作られたがCG使いまくりでいただけなかった。やはりあれはリアル造型でやるから面白いのだ。ええと、つまり珊瑚と合成されてベロクロンになった宇宙生物もああいう群体生命だったに違いない。おお、方向性が固まって来たじゃないか。

 だがそれだけではまだすまない。それと言うのもベロクロン、別名は「ミサイル超獣」であり、全身に内蔵したミサイルを撃ちまくるのだ。ミサイル内蔵サイボーグというのはあまり現実的ではないように思えなくもない。体内に何発内蔵できるんだという話だ。例えばかの石ノ森章太郎御大の「サイボーグ009」(1964年)に登場するサイボーグ戦士のひとり004。膝が折れてそこからミサイルを発射していたが、サイズ的に脛(すね)と同じ大きさのミサイルで、じゃあ彼の脛は骨も筋肉もない空洞なのか、そんな足では歩けまい。しかも二発目はどこにしまってあったんだ。ツッコミどころ満載じゃないか。

 俺の場合、もうひとつミサイル内蔵サイボーグと聞いて思い出さずにいられないのが「最終兵器彼女」だったりする。2000年から一年間連載された高橋しんの漫画でアニメ化も実写映画化もされて人気を博した。胸キュン恋愛漫画なのだが、なぜか戦争中でなぜか彼女が最終兵器に改造される。彼女は無尽蔵に内蔵されている(としか思えない)ミサイルやら何やらを連射したりするわけだが、説明らしい説明はほとんどない。そんな無茶なと思わなくもないのだが、ヒロイン女子高生ちせが可愛いから全部許せてしまうという、今にして思うといろいろと不思議な傑作漫画であった。

 さてベロクロンであるが、珊瑚の口というか肛門というか、突起の先端からミサイル弾を撃つわけだが、特撮表現としては仕掛けられた花火が飛び出る。「ウルトラマンメビウス」(2006~07年)に再登場した時にはこのミサイル弾がただの火花ではなくCGでしっかり描かれていてやたらにカッコよかったものだが、あれは「超時空要塞マクロス」シリーズの演出家が担当したかららしく、そりゃカッコよくて当たり前じゃないか。口の中から二連発のミサイルが発射台付きで現れて発射されるのは初代も再登場版も同じ。児童誌にはミサイル満載の解剖図解も出ていたが、いやいや、ミサイルやらロケット弾は無理やり詰め込まなくてもいいのかもしれない。だってほら、異次元人が操っているなら、異次元ルートで転送することも可能なわけで。どこでもドア的に何発でも追加装填できるのかもしれない。さいかのもそんな感じだったんだろうか。まあいい。これで目処はついた(のか?)。

 さて、ここで話はさらに大きく横道にそれる。珊瑚とミサイルと聞いて連想するのは、アメリカ軍普天間基地の名護市辺野古沖への移設工事だ。辺野古沖は世界でも希少な珊瑚の繁殖地帯であり、基地移設によってこれが損なわれる危機にある。珊瑚は海流や水温の変化に弱く、水中の酸性濃度が少し上がるだけで石灰質が溶解して礁を形成できなくなるらしい。辺野古沖への基地移設に際して、珊瑚を別の海域に移植して定着させようという試みが防衛省の出先機関である沖縄防衛局によって何度も行われているが、移植と全滅を延々と繰り返すばかりでちっともうまくいっていないと聞く。もう無理だろそれ。基地移設と珊瑚礁を両立させることはできないと腹をくくるべきではないか。

 そもそもなぜ普天間基地を移設しなくてはならないか。太平洋戦争中に沖縄戦を経て沖縄を占領したアメリカは、日本全土を空爆するため、B29を飛ばす飛行場を作った。それが普天間基地だ。東京大阪はじめ各都市への大空襲も広島長崎の原爆投下も普天間基地から飛び立ったB29によって行われた。朝鮮戦争、ベトナム戦争でも同じく米軍のアジア戦争の拠点として活躍し、特に何の疑問も持たれずに1972年の沖縄本土復帰後も基地は存続した。

 それが1995年、米兵が当時小学6年生の12歳の少女を誘拐して強姦した。4人がかりでガムテープで拘束してレンタカーに連れ込んで誘拐、かわるがわる輪姦という大変な凶悪犯罪だったわけだが、日米地位協定にもとづいて沖縄県警には逮捕権がなく、捜査も取り調べもできない状態だった。当然のように長年鬱積していた県民の反基地感情は爆発し、普天間基地の取り壊しと返還要求運動が起こった。また2004年には沖縄国際大学の構内に米軍のヘリコプターが墜落したりして、もういい加減に米軍は出て行けよという機運が高まる。当たり前だろう。日本政府も動かないわけには行かず、それではと提案したのが辺野古への移設だったわけだ。

 沖縄県内でのたらい回しであり、言うまでもなく何の解決にもなっていない。そもそも米軍基地の70パーセントが沖縄にあるというのはいかにもアンバランスだ。先述の通り、沖縄戦の結果として本土空爆用に作られた米軍基地だが、この沖縄戦からして、日本が沖縄を切り捨てて犠牲にした戦闘だった。戦争末期に勇ましく語られた「本土決戦」だが、それが実際に行われたのは沖縄だけであり、続く九州上陸作戦の前にさっさと降伏したのは、沖縄だけは犠牲にしても別に構わないという国民感情があったからだろう。「日本人は沖縄を日本だと思っていない。じゃなかったら、こんな状態を許すはずがない」とは「ウルトラQ」でデビューし「ウルトラマン」「ウルトラセブン」で経験を積み、「帰ってきたウルトラマン」でメインライターを務めて、第二期ウルトラシリーズの基礎を作った脚本家・上原正三の言葉だ。第一期というか、そもそもウルトラシリーズを作ったのは脚本家・金城哲夫だが、もちろん彼も沖縄出身である。各作家の来歴は切通理作氏の評論書「怪獣使いと少年~ウルトラマンの作家たち」(1993年初版)に詳しく、先の上原発言も本書からの引用。文庫も出ているので是非チェックしてほしい。

 そのようなわけで、ウルトラシリーズの根っこには沖縄がある、と言っても過言ではなかろう。ウルトラマンが太陽をエネルギーにしているのは、沖縄の陽射しが強く、より太陽の恵みが感じられるからだろう。「ウルトラマンの太陽エネルギーは地球上では急激に消耗する」のは、東京で暮らす沖縄人の実感ではないか。「君と一心同体になる」という死んだ地球人とウルトラマンの憑依的合体も、沖縄の土着信仰のカミダーリ(神がかり?)だという指摘もうなずける。

 ところでウルトラマンがなぜ銀色なのかについて、あれは、太平洋戦争末期に急ピッチで製造されたB29爆撃機がステルス塗装を省略したジュラルミンそのままの銀無垢だったからだ、という説がある。日本の戦闘機も高射砲も届かない高高度飛行が可能であり、ステルス塗装で身を隠す必要もなかったB29は、圧倒的な暴力で日本全土を蹂躙した。陽光にギラギラ光る銀色の巨体。それは力そのものであり先端科学技術そのものであった。子供時代に沖縄戦を経験した金城は、そこに圧倒的強者、ウルトラマンの原型を見たのかもしれない。

「ウルトラセブン」終了後、円谷プロを辞め、脚本家を廃業して沖縄に帰郷し、本土復帰を見届け、記念事業である海洋博の構成・演出を手掛けたりもしていた金城だが、泥酔して自宅に窓から入ろうとして足を滑らせて37歳の若さでこの世を去った。沖縄の現状を嘆き酒におぼれる生活をしていた彼の晩年から「あれは自殺(のようなもの)だった」とする見解もある。
 金城の最後のウルトラ作品は「帰ってきたウルトラマン」第11話「毒ガス怪獣出現」であり、これは沖縄米軍基地に大量の毒ガスが貯蔵されていたことが明るみに出た事件(レッドハット作戦)が発想の元になっている。地底に埋設されたまま放置されていた毒ガスを食って毒ガス怪獣と化したモグネズンが黄色い煙幕(毒ガス)を口から噴射しながら暴れまわる。特筆すべきはモグネズン自身が毒ガスに苦しんでいるように演出されているところだ。毒ガスが入っていたドラム缶をガラガラ吐き出す描写まであり、ここでは怪獣もまた被害者であるように描かれている。

 ベロクロンが第1話で暴れまわる「ウルトラマンA」のメインライターを務めたのは、「快獣ブースカ」でデビューし「ウルトラセブン」「帰ってきたウルトラマン」にも参加した、金城・上原の盟友とも言うべき市川森一。彼らがウルトラにかけた青春は市川自身がシナリオを書いたNHKドラマ「私が愛したウルトラセブン」(1993年)に詳しい。DVDが買えるので興味のある方は是非観て欲しい。
 さて、市川×ベロクロン。長崎県の出身であり、子供時代に被爆体験があったであろう市川は、ベロクロンをわざわざもうひとつの被爆地である広島県に出現させた。撮影されながらもクレームを恐れたテレビ局の判断で完成作品からはカットされたが、原爆ドームを破壊するシーンまであったという。初代ゴジラがそうであったように、ベロクロンもまた、原水爆という暴力の極致を背負った怪獣(超獣)なのだ。

 早逝した金城はもちろん、市川は2011年、上原は2020年に故人となり、もう誰も生きていないわけだが、もしかするとミサイル超獣ベロクロンは、沖縄の米軍基地移設のために破壊され全滅させられそうになっている辺野古沖珊瑚礁の現状を予見して創造された怪獣(超獣)だったのかもしれない。
 では、そんな彼らウルトラ怪獣の創造者たちの人生や、怪獣に込められたであろう様々な思いを想像しつつ、沖縄戦の追悼放送や辺野古移設ニュースにも耳を傾けながら、

⑩珊瑚礁超獣への挑戦(実作業)。に続く。

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