ご存知のように恐竜はとっくに絶滅しており誰も実物を見たことがないので、どう復元しようが自由、というところがある。正解がないから解釈は無限に可能になってしまう。そのようにして百人百様のマイ恐竜ができあがる。さらに頑迷なことに自分が慣れ親しんだ恐竜像以外を認めたがらない、という人がたくさんいる。かく言う筆者も、コロナ禍のステイホームで粘土いじりをはじめるや、つい子供時代に馴れ親しんだ昭和復元の仁王立ち恐竜を作ってしまうわけだが。

ちなみにこの仁王立ち恐竜復元はよくゴジラ型などと呼ばれたりもするが、あれはゴジラが第一作「ゴジラ」(1954年公開)製作時に、当時の恐竜復元図を参考にしたのであって、その言い方はおかしいだろうという気もする。古生物学黎明期のイギリスでイグアノドンが復元された際にカンガルーを参考にしたという話もあるので、カンガルー型とでも呼ぶのが正しいのだろう。

ダーウィンと同時代の19世紀の古生物学者がなぜカンガルーを参考にしたかと言えば、爬虫類ごときが尻尾の支えもなしに二本足で立てたはずがないという差別意識があったかららしい。ガラパゴス諸島あたりの変な生物群に対しても同じように差別意識を持っていたに違いなく、ようする彼らにとっては恐竜にせよ南半球の有袋類にせよでか過ぎるカメにせよ、ノアの箱舟に乗り損ねた怪物群なわけで、あくまでも進化の頂点は人類であり白人でありイギリス人であり男性であると本気で考えていたのだろう。

だから爬虫類らしく這いつくばった復元がまかり通ったし、前足が短すぎて腹這い復元できない獣脚類や鳥脚類あたりは仕方なく「カンガルーを参考に」尻尾をつっかえ棒にする姿で復元したのだろう。

イグアノドンにせよティラノサウルスにせよ、その後発見された恐竜たちの足跡化石には尻尾を引きずった跡が認められず、どうやら尻尾でバランスを取ってしっかり二足歩行で走り回っていたということが明らかになり、恐竜像は改められた。ジョン・オストロム博士によるデイノニクス研究とその弟子筋のロバート・バッカー博士の恐竜温血説普及運動、七〇~八〇年代のいわゆる恐竜ルネッサンスの成果であり、それを広く一般に知らしめたのが「ジュラシックパーク」であったわけだ。かの映画の世界的ヒットと同時に出版社各社が軒並み恐竜図鑑の改訂を余儀なくされたとしても無理はなかっただろう。

あの、胴体を地面に平行にして二本足で力強く走る恐竜の姿が正しい(少なくとも真実により近い)のは納得できるし、見慣れればなるほどなかなか格好いいものなのだが、それはそれとして、いざ粘土を手にするとカンガルー型の仁王立ち姿を作りたくなってしまう。旧復元の差別的背景を知ってなお、カッコよく感じてしまうのだ。これはすでに刷り込みであり、子供の頃に食べつけたサッポロ一番しょうゆ味が十倍値段の家系ラーメンよりも美味しく感じてしまうのと同じかもしれない。

岩場5

直立イグアノドンに迫る直立ティラノサウルスの勇姿!(笑


ネンドソー的恐竜考⑤ アカデミック方面が心配だ!に続く。

◇恐竜名鑑